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地方自治職員研修 2005年9月号掲載

e−ガバ時評 (9)
● 「具体的危険の立証」という呪縛を越える(1) ●

のような「具体的な危険」っていったい何なのでしょう? そして、その危険の存在/不在はいったい誰が証明するのでしょうか?
 「……差し止め及び損害賠償を求めるためには、単に抽象的に情報漏えいの危険があるというのみでは足りず、具体的な危険ないし実際の損害の発生が必要である」(住基ネット差止訴訟名古屋地裁判決 p.26)

道やインターネット上で公開された両判決(http://www.ws4chr-j.org/e-GovSec/)ですでにご承知の通り、5月末に出された住基ネット差止訴訟の金沢・名古屋両地裁判決は、「まったく異なる内容の司法判断」をしています。
 しかしこの「具体的危険」という判断基準は、両判決に共通しています。金沢地裁の判決は、次のように書いていました。
 「住基ネットのセキュリティは、不正アクセスや情報漏洩の具体的危険があるとまではいえないものの、抽象的な危険は否定できないものであるし、住基ネットの運用によって個人の人格的自律を脅かす具体的な危険があるから,住基ネットの運用によるプライバシーの権利の侵害は、相当に深刻であるというべきである。」(金沢判決 p.75)
 多くの人が指摘するように、オプト・アウトによる「個人の選択権」を認容した点で、金沢判決は「画期的」なものです。とはいえ判決を通読してみると、この認容は住基ネットに「具体的危険」が指摘されたためというより、「個人の人格的自律が脅かされる」(金沢判決p.75)可能性という「抽象的危険」に対して、防御手段を提供する意味合いが強いようです。
基ネットの情報セキュリティに「具体的危険」が指摘されたとすれば、それはただちに「修正」され(ることになってい)ます。だからこれを根拠として差し止めや損害賠償の請求をしても、その時点ですでに「請求の利益」は存在していないはずです。
 これは、従来の技術的な「安全性論争」とITをめぐる「安全性論争」の本質的な違いです。だから、裁判所が原告(地域住民)に「具体的危険の立証」を求めるのは、それが可能であるか否か以前に、現実的な要請ではありません。
 残る実際的手法のひとつは、被告(システム運用者)に「安全」を立証させることです。  ところが金沢地裁は、国が提出した「安全」立証のための証拠−−「住基ネットに対するペネトレーションテスト結果報告」(品川区)を、「内容の詳細が不明であり」(p.71)評価できないとして排除しながら、「安全が立証できなければ危険とみなして」いるわけではありません。安全立証責任を求めてはいないのです。
くて、意味のある「具体的危険/安全の立証」は誰にもできないという現実を理解しないまま、裁判所も被告も原告も、「具体的危険の立証」に呪縛され続けているようです。  原告(地域住民)が「危険」を立証する証拠として長野県に提供を求めた「長野県安全確認実験」の結果は、金沢地裁によって「情報が漏洩する具体的危険性があることが立証されたとまで言うのは困難」(p.71)と評価されました。実際問題として、長野県の「結果」は石川県住民に対する「危険の可能性」を示すものです。  しかし裁判所も被告も原告も、これが石川県住民の「具体的危険」を立証しているか否かを議論してきたのではないでしょうか?  金沢地裁は、「抽象的危険」のいくつかを詳細に検討してそれが「具体的危険」である判断することで、この呪縛を越えようとしたようです。それが「画期的」判決につながりました。  でも、この呪縛をもっとやすやすと越えている自治体があります。切断自治体のひとつ、東京・国立市です。(以下次回)

©2005 Nishimura, Tohru
連載:2005年1月号より(全タイトルはこちら)
掲載誌:月刊「地方自治職員研修」
発行:公職研 Tel.03-3230-3701(代表)
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