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地方自治職員研修 2005年10月号掲載

e−ガバ時評 (10)
● 「具体的危険の立証」という呪縛を越える(2) ●

「住 基ネット」に現在接続していないいくつかの自治体は、「具体的危険がある」ことを「不接続」の理由にしてはいません。小規模自治体の場合、端的に言ってしまえば「資金がない」なのでしょう。中規模以上の自治体(東京・国立市)をみると、そこでは次のように、「個人情報をあずかる自治体としての責任の履行」に注目しています。
(国・東京都代理人)「……具体的に住基ネットが導入されることによって、どういう手段を用いて、DVやストーカーの被害者の人の情報が漏れ出てしまう恐れがあると考えていたのか……」
(証人)「先ほどの御質問のときもお答えしましたけれども、一つは、人が意図的にのぞくという可能性がある、ということですね。それから技術的に、そういったコンピューターシステムは、破る可能性がある、という二つの面で……」(住基ネット差し止め訴訟・東京地裁上原公子証人の証言記録 p.30、05年7月6日)

「何 が具体的危険なのですか?」「危険の可能性があります」という、この、国と自治体の間でのやりとりは、もちろん完全にすれ違っているわけです。数えてみると、この日上原国立市長への反対尋問で、このすれ違いは13回くりかえされていました。被告(国・東京都)は明らかに「具体的危険の立証」に「呪縛」されているのですが、上原市長はそのような「呪縛」とはまったく無縁でした。
 自治体には「個人情報運用者」の責務として、「あらゆる可能性を除いておく」(同証言記録 p.30)ことを「考慮」することが求められています。そして、個人情報の運用者(自治体)がその「可能性」を実効的に排除できないのなら、そのシステムには接続しない−−という判断は合理的な選択肢のひとつです。
 あらゆる「危険の可能性」を考慮し「できる限り排除する」ことは、現在の個人情報保護法制のもっとも基本的な考え方ですが、それは情報セキュリティ技術を現実の社会に適用する上で必須となった「手法」でした。それは、「最終的なリスクヘッジは保険しかない」と専門家が語り、実際、そのような保険が自治体向けにも商品化されているような技術なのです。
術者は、行政と「住基ネット反対運動」の間で交わされている論争の多くは、「きわめて低レベルの議論だ」と指摘するのですが、この「具体的危険の立証」もまた、そのような「低レベルの議論」のひとつです。
 行政機関への「IT導入」は、従来の行政の基礎である法制度の中に、新しい考え方を導入しなければ、おそらくうまくできないでしょう。たとえば従来の制度が、「具体的危険の立証ないし被害の発生」によって初めて「行政の責任」が発生するとしていたのだとすれば、「100%の安全を求めるな」と技術自身が語る「IT」は、そのような制度と整合しません。「画期的判断」とも言われる住基ネット差し止め訴訟金沢地裁判決も、この不整合をきちんと理解できていないように見えます。
「IT 」はその利用者の「自律」を前提として、その利用者の活動を支援するために開発・体系化された技術です。たとえば「クライアント/サーバー」システムは、地域住民(主権者:クライアント)に身近なサービスを提供する市町村(サーバー)、そして補完性の原理により主権者にサービスを提供する都道府県あるいは国(サーバー)という関係と同値です。
 「電子政府・電子自治体」はそのようなシステムではありません。しかし自治体が自律すれば、現に国立市がそうであるように「他のサーバー」から自立(切断)できます。そのような関係こそ「IT」と整合する制度なのでしょう。

©2005 Nishimura, Tohru
連載:2005年1月号より(全タイトルはこちら)
掲載誌:月刊「地方自治職員研修」
発行:公職研 Tel.03-3230-3701(代表)
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