Slide 10

   


5 行政(福祉)サービスにおけるプライバシー

 次に、行政サービスにおける「プライバシー」が、本人にとってどのように見えているかを検討してみたいと思います。

本人の側から見た事故の「プライバシー」

 ここでは、先ほどの介護サービスに近い福祉分野から、障害者向けのサービスの提供(具体的には「職場復帰のためのリハビリてーション)のなかで発生した「事故」をめぐる損害賠償裁判の中で現われてきた、典型的な「プライバシー」の主張を取り上げます。
*なお、この裁判は数年前、原告敗訴し確定しています。資料は、原告がインターネット上に開設しているホームページ上の公開情報を採用しています。したがって、原告主張の論点がより鮮明になっていることに留意してください。

 原告は「プライバシー侵害」を損害賠償の直接の対象としているわけではありませんが、被告には「事故」の責任があるとする立証過程で、以下のように主張していました。これは、「事故」の直接のきっかけとなった被告側の活動(具体的にはリハビリ訓練)が、本人の利益のために行なわれていたものではない可能性が強いことを明らかにし、被告側の責任はより重大であることを締めそうとしたものです。

 「本人には全く結果を知らせず、また目的とする『職場復帰のためのリハビリ』には何の役にもたたない『個人情報』の収集は、プライバシーの侵害にあたる。」

 ここで収集された「個人情報」とは、前述した介護サービスシステム上で利用されている個人情報とほぼ同じ内容のもので、原告の主張によれば、さらにそれに加えて、「リハビリ訓練」と称して実施された各種の「身体能力の測定」結果などがこれに追加されています。障害者介護サービスと高齢者介護サービスは、その内容に多くの共通性を持つため、「介護サービス」として制度的には統合される方向にあります。両者が取り扱う「個人情報」の内容がほとんど一致するのは、このためです。

サービス提供を担当するスタッフがとらえる「プライバシー」

 これに対して被告(公立のリハビリテーションセンター)は次のように反論しています。

 「『個人情報』は、リハビリ計画を作るに際して、必要なものであった。」

 むろん、原告・被告の主張はかみ合っていません。ここで留意しておきたいことは、被告側が「必要であった」とした論拠は、「リハビリ計画」として書式は制度として規定されており、これを満たすために「必要な」個人情報を収集したとしている点です。いいかえれば、被告は「本人が求める利益」を実現するために「必須とされる情報」に限定して個人情報を収集したわけではなく、制度上の要件を満たす広い範囲で個人情報を収集していることを、じつはこの被告の反論は認めています。

 ここで典型的に現われていることは、行政システムによる「個人情報」の収集・利用は、必ずしも「本人利益」を目的とて行なわれるわけではなく、「行政」が採用した「制度」上の要件を満たすため(制度運用のため:法益のため)に行なわれている、という現実です。 

本人が「プライバシーの侵害」を許容する条件

 これに対して本人の感性から見れば、自分が知られたくないと思う個人情報を特定の他人に知られること(プライバシーの侵害)が許容できる条件は

  1. その個人情報が本人の利益のためにのみ使われていることが担保されている(安心感)
  2. 本人の人権が確保され人格が最優先で尊重されることが担保されている(信頼感)

の2つだと考えられます(当然この条件には、特定の個人または特定された範囲の複数の個人以外には、個人情報は知られることがないという安全の担保が前提として含まれています)。

 この報告で採用した事例は、上記2つの条件がどちらも満たされていないと本人が理解している典型的な事例ですが、現実の行政プロセスでは、すでに述べたようにこの2つの条件が満たされることはほとんどの場合ありえません。日本の行政サービスでは、制度的にこの条件を満たすことはできない状況にあると考えられます。

 本人の感性と制度間にあるこうした落差は、多くの場合は、本人と本人を担当したサービススタッフやスタッフの所属する機関との間での、本人から見れば個人的な「信頼関係」によって代償されているわけですが、この事例のように信頼関係の構築ができなかった場合は、「プライバシー」問題(プライバシー侵害事件)が頻繁に発生することになります。

無力な日本の現行法制度

 こうした現状に対して日本政府は、OECD 8原則による「個人情報の保護」を確保した「行政機関個人情報保護法」があるので「安心してほしい」と説明していますが、OECD 8原則などには「法律の定めがある場合」など、「本人利益」を越える「個人情報の流用」を許容する条項が複数あり、現在の行政機関個人情報保護法にもそれは反映されています。

 このため、ここで述べてきたような「プライバシー問題」 (プライバシー侵害事件)に対して、現在の日本の法制度はそれを「事件」(非合法)として認識することができず、無力な状態です。


●もくじ(Slide番号でジャンプ)

01:行政機関のMIS的なネットワークシステムへの傾斜と 人権保障・プライバシー保障の課題

02:1 東アジアの動向

03:  韓国の全国教育行政システム(NEIS)

04:  My Kard(マレイシア)

05:2 MIS的なインターネットへの警鐘

06:3 行政における統制型(MIS的)ネットワークシステムへの傾斜

07:  住民基本台帳ネットワークシステム(論理的構成)

08:  自治体共同IDC(経済産業省実証実験)

09:4 行政(公共)サービスにおける 個人情報の収集・利用

10:5 行政(福祉)サービスにおける プライバシー

11:6 行政システム/サービスにおける人権/プライバシー侵害の発生要因

12:7 (日本の)NPOおける課題

13:8 NPOをとりまく環境(1)NPOのネットワーク接続

14:9 NPOをとりまく環境(2)ネットワーク環境

15:10 NPOをとりまく環境(3)プライバシー保障

16:11 NPOの課題

17:12 国際的な課題

18:  参考資料