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●住基ネットの持つ問題

(8) 電子政府・電子自治体は、最新の情報通信技術が持つ
「情報公開と市民参加」の 可能性を活用できていない
 この問題は、裏返していえば、「電子政府」は「現在の行政のやり方(手順や思想)をそのままの電子化」する形で進められているため、行政改革を現代的な情報通信技術の視点から実施できていないということを意味しています。
 確かに、電子政府・電子自治体構想の中でも「抜本的な行政の改革・効率化」が求められていますが、そこで注目されているのは、「紙ベースで行なう事務処理の非効率」を、「情報の電子化・処理のネットワーク化による効率化」に置き換えようとする発想です。
 これは20年前の大型コンピューター時代の発想そのものです。したがって20年前の「コンピューター化」がシステムや組織の閉鎖性・巨大化を強め、多くの弊害を生んだという経験に対する認識が、ここにはありません。
 こうした発想で電子政府・電子自治体の構築を進めようとしているため、多くの自治体の電子自治体構築計画の中で語られている「BPR」(ビジネス過程の再構築)には、BPRによる企業改革が提唱される以前の「大型コンピューター導入による効率化」とほとんど同じ意味で使われる傾向が、非常に強く現われています。

 BPRが提唱されたとき、じつは情報の電子化による事務処理の高度な効率化は、(少なくとも民間分野では)成熟し行き詰まった状態にありました。BPRが注目したことは、こうした大型コンピューターによる「電算化」の行きづまりを打開し、組織の活性化を生み出すことです。このためにBPRは、情報の流れを自由化し、縦型の組織の系列で流れていた情報を「組織横断的な流れ」に転換することから生み出される、まったく創造的な業務過程の新たな発見であり、そこから生み出される生産性・収益性の飛躍的な向上の可能性に強く着目していたのです。
 こうした転換に必要な手段は、現代的な情報通信の(インターネット型の)技術と、パソコンやサーバー機の大幅な市場価格低下によって提供されていました。国際的に「ダウンサイジング」が進められ、80年代に全盛期を誇った大型コンピューターは短期間の内にパソコンとサーバーに置き換えられ、その中で民間企業ではBPRが急速に進められたわけです。
 日本の公共部門・政府や自治体だけが、じつはこのダウンサイジング/BPRの波に乗り遅れていたのです。そして現在の電子政府・電子自治体構想では、「レガシーシステム(遺産的なシステム)の見直し」ということばで「ダウンサイジン」はようやく提唱され始めたものの(2003年7月の「e-Japan II」にこのことばが出てきます)、BPRについてはまたしても乗り間違えようとしているようです。

 こうしたBPRの手法を端的に行政機関にあてはめて考えれば、BPRの大きな可能性が見いだされる分野のひとつは、明らかに「情報公開によって喚起される行政への市民参加」です。
 しかし、多くの自治体などが想定している「市民参加」は、行政サービスの受給者としての要望の発信者であるか、公共機関が関与するボランティア活動のスタッフでしかありません。
 自治体の意志形成・意志決定過程そのものへの積極的な市民参加を求めるためには、それに必要な自治体の透明性の確保が必須の条件となりますが、公共機関では、意思形成・意志決定過程の情報を積極的に公開をし、市民参加を求めようとする方針はほとんど見られません。


 住基ネットの場合でいえば、分散開放型ネットワーク(インターネット)の技術が最も不得意とする「情報の厳重な秘匿」を必須とする「個人情報のネットワーク上での利活用」が、電子政府構築を牽引する基幹的ネットワークシステムの機能として位置づけられ、実施されている状態にあります。技術的に未経験な多数の自治体などが参加することを考えれば、これではセキュリティ問題が発生するのは当然です。
 また、電子政府・電子自治体の現在の構想にもとづく展開では、「個人情報」(クリティカル情報)を取り扱うシステム、高度のセキュリティ技術を前提とせざるを得ないシステムが中心となります。当然こうしたシステムは、高価なだけでなく、閉鎖的排他的なセキュリティ上の高度な配慮を要求するものです。技術的に不慣れな自治体に強制することじたいに、重大な無理があります。

 これに対して、もしも電子政府・電子自治体の構想が、少なくともその初期的なステップが、最新の情報通信技術の得意とする、情報公開と参加のための機能に注目して立案されるならば、技術的に未経験の自治体などでも、はじめから高度なセキュリティを要求されることなく、経験を積み重ねていくことができます。「情報公開・市民参加」というテーマは、多くの自治体などの「電子自治体構築計画」にも書かれていることなので、こうしたステップを取ることは十分可能です。

 また、そうしたシステム利用の経験を積み重ねていく中で、「行政改革」を、現代的な情報通信技術の特性を取り入れて進めていくなら、現在の行政が抱えている多くの矛盾や弊害といったものを、例えば「透明性・説明責任」と「市民参加」をキーワードとして、社会的公正性の高い改革として実現することが可能だと思われます。

 とくに、多くの自治体で「個人情報の電子的結合の禁止」が条例化されてきた経緯から、自治体は、現代的な情報通信技術が持つ「情報結合」の創造的な可能性と深刻な危険性(大型コンピューターの時代に想定されていたものよりもはるかに深刻です)にほとんど気づいていません。同時に、「個人情報の結合」と「プライバシー」の保障をどうやってバランスさせるかという課題にも、まったくナイーブな状態と言わなければなりません。

 現行の電子政府・電子自治体構想が要求する高度なセキュリティ対策は、システムの閉鎖的運用を強く要求するわけですが、システムが閉鎖的であればあるほど、当然のことながらそれを運用する人的な組織も閉鎖的にならざるを得ません。総務省の「セキュリティに関する情報は秘密」という方針にも、これはよく現われています。
 ところが、システムや組織が閉鎖的であればあるほど、「内部でのプライバシー侵害」は容易に実行できるようになります。「プライバシー」についてナイーブな状態にある自治体においては、この危険は倍加されていると言わなければなりません。

 つまり現在の電子政府・電子自治体構想は、その基本的な発想の部分で、すでに非常に大きな危険を抱え込んでいるのです。


●もくじ(Slide番号でジャンプ)

01:技術的視点から 札幌市「選択制」を考える

  02:住基ネットの現在:プライバシーの危機

  03:個人情報の安心と安全

04:長野県審議会報告書 における指摘

  05:多数の自治体で住基ネットは外部と接続されている

  06:セキュリティにどれだけコストをかけるべきかという問題提起

  07:自治体首長の安全確保義務規定(住基法36条の2など)の重要性

08:住基ネットの持つ問題

  09:監視社会のインフラ(プライバシーの侵害)

  10:セキュリティが十全でも プライバシー侵害は起きる

  11:地方自治の不在

    12:(参考)インターネット方式だったらこんな形

  13:住基ネット全体のセキュリティ確保は失敗している

    14:住基ネットの信頼基盤構築失敗のプロセス

    15:相互信頼にもとづくネットワーク参加の手続き

  16:セキュリティコストを含めた行政システムの費用対効果の評価ができていない

  17:電子政府・電子自治体は「情報公開と市民参加」の 可能性を活用できていない

18:どのような選択制が有効か

  19:技術的視点から見た自己情報コントロール権の 根拠と目的

    20:セキュリティの確保・プライバシーの保障のプロセス

  21:「選択制」(自己決定:自己情報コントロール)の限界

  22:住基ネットにおける「選択制」の意義

  23:「住基ネット」における「選択制」を現実的なものとするための条件